07年4月に西麻布のクラブ=YELLOWで行われたブラウンズウッド・レーベルのお披露目パーティで、SOIL&“PIMP”SESSIONSをバックに数曲を歌い、オーディエンスたちからの熱い拍手と声援を浴びたジャズ・シンガー、ホセ・ジェイムズ。「15年にひとりの逸材。彼の作品を出すのが今から待ちきれないよ」と、ジャイルス・ピーターソンがそう話していたアーティストだ。そのホセのデビュー・アルバムが、2008年1月23日、海外に先駆けて日本でリリースされる (UKは1月28日)。僕も彼の声に魅了され、4月の来日時に逸早くインタビューをしていただけに、「いよいよだな」という感がある。このあまりにも素晴らしい歌声が、どんなふうに広まっていくのかと考えると、胸が高鳴らないではいられない。
ジャイルス・ピーターソンがその声の魅力に惚れ込んで契約を結び、ブラウンズウッドとトラフィックがベン・ウェストビーチに続き、力を入れて売り出していくアーティスト、ホセ・ジェイムズは、しかし所謂ダンス・ミュージックのアーティストではない。クラブ・ジャズ系のビートが立ったアプローチの曲もあることはあるし、ネオ・ソウルに通じるフィーリングも持っているので、そうした音楽を好む層にもアピールできるものではあるが、基本的に彼はジャズ・ヴォーカリストである。クラブ・ジャズというより、オーセンティックなジャズの分野において活動を続けてきたヴォーカリストなのである。 ただし、その歌声のよさは、ジャズ愛好家の間だけで語られて終わるのでは、あまりに勿体ないもの。その歌声のよさは、ジャズという括りを超え、多くの人を魅了するものだ。 ホセは今29歳。過去10年以上もジャズの世界で活動してきたそうだが、どうしてこれまでこの素晴らしい声が広く世に知られることにならなかったのか、むしろ不思議なくらいだ。ホセの歌声を初めて聴いたときの驚きは、女性歌手で言うなら6年前にデビュー前のノラ・ジョーンズの歌声を初めて聴き、こんな人がいたのかと驚いたときの感覚に似ている。テクニックがどうという以前に、声の持つ味わい。フィーリング的なもの。それにやられるのだ。ホセの歌声はスモーキーで艶めかしい。バーでこの声を聴いたら、たまらなく美味しいお酒になることだろう。
生まれはプリンスのホームタウンとして有名なミネアポリス。14歳のときにラジオから流れてきたデューク・エリントンの「A列車で行こう」を聴き、ジャズにハマっていったと言う。チャーリー・パーカー、ナット・キング・コール、チャールズ・ミンガス、セロニアス・モンク、何より決定的だったのがジョン・コルトレーンで、もっとも影響を受けたミュージシャンとしてその名前を挙げている。その一方、当時はヒップホップもよく聴いていたそうで、ジャズとヒップホップを上手く融合させることができないかといろいろ試みていたこともあったそうだ。因みに、それをやれている尊敬すべきミュージシャンのひとりとして、ホセはロイ・ハーグローヴの名前を挙げたりもする。 そんなホセは、やがてミネアポリスからワシントンD.C.に移り、そして5年ほど前からニューヨークに住んで活動している。この10年ちょっとの音楽活動を短く書き表すのは難しそうだが、彼は一言、「アメリカで若いながらもジャズをやり続けるのは、とても挑戦的なことだったよ」、そう話す。 だが、彼の挑戦は、今また別の形で始まろうとしている。デビュー・アルバム『ザ・ドリーマー』は独特の雰囲気を持ったジャズ・ヴォーカリストとしての魅力と才能が詰め込まれた作品だが、先にも書いたようにネオ・ソウル好きの耳と心にも響くフィーリングがある。加えて書くなら、ソングライターとしての個性と才能も有した、まったくもって魅力的なアーティスト、ホセ・ジェイムズ。彼のデビューは、ジャンル括りとマーケット偏重主義に毒された今のメジャーに対するカウンター的な意味も持つことだろう。
内本順一


