The Orb / The Dream 制作ノート

「1stアルバムの青写真を使って、オーブをもう一度シンプルにさせて、自分たちを作り直したのさ」 THE FUTURE ACADEMY OF NOISE, RHYTHM & GARDENING PRESENTS "THE DREAM"

オーブが、9月にニュー・アルバム『ザ・ドリーム』を携えて戻ってくる。これは、アレックス・パターソンと長年の友人であるユースとの、待望の関係復活という意味を持つ作品でもある。『ザ・ドリーム』は、初期の2枚のクラシック・アルバム『アドヴェンチャーズ・ビヨンド・ザ・ウルトラ・ワールド』と『U.F.ORB』を生んだオリジナルの精神への復活を見せている。そして、アレックスとユースは、人が踏み込もうとしないサウンド領域を探索しながらも個人的な音楽への執着を極めようというオーブの視点を失うことなく、驚異的な美しさと即時性を持った作品を作り上げた。繰り返し聞くことによって独自のマジックが生まれてくるような、類い希なアルバムと言える。

The Orb

オーブの物語は奇妙な旅そのものだ。アレックスとユースは一緒に学校に行き、サッカーをし、ドラッグからパンク・ロックに至るまでの発見をした。ユースがキリング・ジョークのベーシストとして評判を得る頃、一方のアレックスはローディとしてアンコールの間セックス・ピストルズの「ボディーズ」を叫んでいた。そして二人は、80年代半ばから何年もの間、アレックスとユースはニューヨークのラジオ局、KISS FMのテープに心を奪われる。こうした局では、アシッド・ハウスのサンプリングや聴覚的アナーキズムが登場するより前の時代に、曲がマッシュ・アップされ、サウンドクラッシュの名品へと編集されていたのだ。このとき、アレックスはユースのジョーク後のバンド、ブリリアントにいた古い友人のジミー・コーティとともに、ロンドンの初期のアシッド・ハウス・クラブのチルアウト・ルームでのDJセットに出演していた。

自分たちの音楽的ビジョンを実現させたいという思いに駆られたアレックスとユースは、レコード・レーベル、W.A.U.!をスタートさせ、1989年にオーブの『KISS EP』を出す。これは聴覚的大騒動を予感させるプロトタイプのアシッドであり、その後の「A HUGE EVER GROWING PULSATING BRAIN THAT RULES FROM THE CENTRE OF THE ULTRAWORLD」は、国民にオーブ・スタイルの掟破りの音楽を浴びせかけたのだった。ジミーがKLFへと移ったあと、アレックスはビッグ・ライフと契約し、オーブの初めてのアルバム『アドヴェンチャーズ・ビヨンド・ザ・ウルトラ・ワールド』をリリースする。このとき、アレックスはエンジニアのクリス「スラッシュ」ウェストンやユースと仕事をした。そのトリオによる最初の作品が、アルバムの1曲目「LITTLE FLUFFY CLOUDS」であった。

アレックスとユースは続く『U.F.ORB』でもコラボレートした。このアルバムは初登場でアルバム・チャートの1位となって多くの人々を驚かせた。しかし、友だちではあったものの、二人のキャリアが軌道に乗ってくるとお互いに顔を合わせることは少なくなっていく。このときまでにユースはバタフライ・スタジオやドラゴンフライ・レコード・カンパニー(後に暗礁に乗り上げてしまう)を立ち上げるなどの他のプロジェクトで忙しくなっていき、一方のアレックスはチャートでの地位を利用して、1993年にビッグ・ライフを離れ、アイランド・レコードと契約する。アレックスは90年代の間、どんなおかしな方向であれ自分のやりたいようにオーブの舵取りをし、時には暗くゆがんだ結果に至ることもあった。21世紀に入ると、アレックスは『OKIE DOKIE IT’S THE ORB ON KOMPAKT』(2005年にケルンにあるKOMPAKTから発表された)などのアルバムで高名なベルリンのプロデューサー、トーマス・フェフルマンと組むようになり、控えめでリラックスしたものになっていった。

2年前、ユースは自分の庭の片隅にスタジオ「ザ・ドリーミング・ケイヴ」を建て始めた。そこにアレックスがしばしば立ち寄ったため、二人はまた一緒に付き合うようになり、当然のことながら、昔と同じように音楽的アイデアが飛び交うようになっていった。トレンドやテクノロジーは変わってしまったものの、アレックスとユースの絆は強力で、二人が共通項のない要素を放出し、インスピレーションを集めていくうちに、驚異的でありながら言い難い何か……、まさにオーブが形作られていった。その期間、ユースはプライマル・スクリーム『ライオット・シティ・ブルース』や、カルトの復活作などをプロデュースしていた。

「すべてが一巡りしたね」と彼は振り返る。「ユースと僕は『LITTLE FLUFFY CLOUDS』を1990年に発表したけど、89年にはできていたんだ。つまり18年前、ほとんど太陰周期の一巡りだよね! ユースとの関係は、はるか昔にさかのぼるんだ。14歳の頃、学校が休みの日に一緒にサッカーをやったもんだよ! その後僕たちはロックンロール友だちになっていったんだ。お互い1マイルぐらい離れて暮らしているんだけど、東京なんかのギグで顔を合わせていた。だから、再び似たもの同士なんだって気づいたんだ。僕たちが変わったとかじゃなく」。ユースはアレックスと仕事をするようになってどれぐらい経つか考えると笑いを禁じ得ない。「W.A.U.!時代からほとんど20年だね! 僕たちの最初のレーベルが始動した、まさに形成期だった。あれは僕たちに、たとえばアレックスがオーブをスタートさせることができるようなチャンスをくれた。レーベルがなかったら僕たちはあんなアイデアなんて思いつきもしなくて、そんなのどうするんだよ? って思っていただろうね。あれがあったからこそアルバムが生まれ、ローリング・ストーンズばりのロックンロールの波瀾万丈につながっていったんだ!「僕たちは2〜3年前また一緒に仕事をするようになって、いくつかデモとかを作っていたのに、すぐには動き出さなかった。取りかかり始めたときには、素晴らしい音楽を作るアイデアがもうあったけど、それは僕たちが一緒に過ごす口実だったんだ。なにしろ10年以上もそういうことをしてなかったからね」

アレックス「僕たちは1stアルバムの青写真をチェックしていたんだ。ある意味なぜあれが成功したのかを分析しようとしていた。僕たちはオーブが身につけた複雑な部分を取り払って、もう一度シンプルで聞きやすいものにしようとしたんだ。それが1stアルバムの美点だったから。『これが僕の1stアルバムなんだ。誰にも邪魔させないぞ』っていう姿勢がね。『アドヴェンチャーズ~』が成功したアルバムになるとは一瞬たりとも考えていなかったけど、これは僕たちが『ザ・ドリーム』の青写真として使ったものなんだ」。

 ユース「同時に僕たちは制限を設けなかった。アレックスがいくつか曲を持ってきて、僕もいくつか持ってきて、一緒に集まって。7歳の頃に戻ったみたいだった。それが素晴らしいところ」

ティム「アルバムには初期オーブの要素がある。それを分析したわけじゃないけどね。ユースとアレックスが一緒に仕事をするとマジックが生まれるんだと思う。メロディと、複雑で深みのある音のランドスケープが気に入っている。本当に苦もなくできちゃう感じだったな。実に穏やかな航海だった。思うに、オーブの新しいクラシック・アルバムと呼べるようなものができたんじゃないかな。最初からオーブを愛していた人間として、これに関わって、自分の知識や彼らから僕が受けた影響を持ち込むことができるなんて、最高のことだ」。

ユース「このアルバムに2年、血と心と汗と魂を注いできたけど、趣味とか日常のちまちました仕事みたいにやっているわけじゃないんだ。考えていたのは、僕たちが初期にやっていたこと、僕たちを結びつけていたこと、興奮させていたことのエッセンスに立ち返ることだった。同時に、初期2枚のアルバムの水準やプロダクション・バリューと同じようなものに戻りながらも、レトロなレコードを作るんじゃなく、コンテンポラリー的で、アレックスが今どこにいるのか、僕たちが今どこにいるのかを反映するようなものにすること。それがミッションだった」

『ザ・ドリーム』は、2007年の音楽シーンの安穏として肥満した尻に打ち込むべく、大いに待たれていた聴覚の遊びと音楽的領域拡大の注射である。最初にタイトル曲(「FUTURE ACADEMY OF NOISE, RHYTHM AND GARDENING」ミックス)がすごい勢いで押し寄せるや、これはクラシック様式のオーブそのもの。会話とスピーチの断片が連発し、地中海の疾風に乗ってヘレン・ボールディングのボーカルとマット・チャンドラーのギターが舞い上がり、謎の生物のようなベースが重々しく轟く中、あの懐かしい、すべてを包み込むような暖かさと荘厳が姿を現す。ひとつの曲で笑いから涙までの幅広い感情を描き出し、こんなにも目の眩むような音像を打ち立てられる者は、他にはいない。

ダブのスプラッシュで癖のあるエレクトロニック・ファンクのグルーヴを作り上げた後、「VU JADE」がスタートする。同曲は、90年代初期のムードを思い出させるポップ。ずんぐりしたレイヴ・コードとアキ・オオモリのボーカルがハッピーな気分を盛り上げる。「「オーブの昔からの格言に、一日のどんな時間であれ朝のようなつもりになって朝のTシャツを着る、というのがある。”VU JA DE”はそんな発想にピッタリさ」

短くて優美な「SOMETHING SUPERNATURAL」のインタールードは「A BEAUTIFUL DAY」のドキドキするメロディックな泡風呂へと姿を変えていく。時としてドアーズの「RIDERS ON THE STORM」を思い出させるようなベースラインの入ったオーブ・ファンクだ。初期2枚のアルバムのあと、オーブはより暗くて脳味噌がたじろぐような領域に入っていったが、今は太陽が出てきたみたいに聞こえる。ストラクチャーや音楽的内容というより、よりハッピーでより浮き立つような気分が、この作品を初期の作品に近いと思わせるのだ。ジュリエット・ロバーツの鮮やかなボーカルが、空を飛ぶ飛行機にインスピレーションを得たこの曲に静かな歓びをにじみ出させている。オーブのユーモアは健在で、真ん中のあたりで誰かが飛行機から落ちてしまったらしく、客室乗務員が「あなたのドーナッツをどけてもよろしいでしょうか」と尋ねている。

「DDD」はダーティ・ディスコ・ダブのこと。「ATOMIC DOG」スタイルのベースのうねりに支えられ、彼方のホーンや、コープラルのトースティングと共に歌われる「金銭への愛のため」「ヘイホー、さあ行こう、オレたちはディスコに繰り出すんだ」というディスコ・チャントの全体合唱に彩られたファンク・グルーヴが盛り上がってくる。オーブ、ディスコに行く——彼らは何年も前からそこにいたが、新たに全然違うビートを発明した。

いつまでも心に残る「THE TRUTH IS...」は、「真実だけがあなたを自由にできる」と歌う女性ボーカルの入った素晴らしい合唱と、トライバル・ビートの上に乗った、きらめくようなピアノ・コードを導入している。優しい情感が頭から心へとエモーショナルに伝わっていく。

「PHANTOM OF UKRAINE」でシーンを成層圏に定めたあと、「MOTHER NATURE」のトーンでペースは激しくなっていく。またしてもジュリエットとザ・コープラルが盛り上げるインドのダブステップ・グルーヴに乗って、東洋がらみのテーマが展開される。スティーヴ・ヒレッジはこれと次の曲「LOST AND FOUND」で独特のサーフィン・スタイルを披露している。長年ダブ・レゲエに没頭してきたアレックスとユースだけに、「PERPETUAL DAWN」のような曲のオーブはこのスタイルの達人然として聞こえる。「LOST AND FOUND」は見事なアフリカン・ダブスタイルのリズムで、エフェクトを駆使しながら、クラシックなルーツを感じさせるリフレインを聞かせる。アレックスのこの世のものとは思えないスピーチの断片が、時としてカンのホルガー・シューカイのように聞こえる音をキング・タビーのダブ・セッションへと変容させてしまう。

「THE FORESTS OF LYONESE」の短いインタールードは、アルバムの驚異的終盤の先触れだ。この終盤、歌は一連のインストゥルメンタルの探求に道を譲り、時として現代ヨーロッパのクラシックやアバンギャルドのスタイルに似通って聞こえる一方で、同時にマカロニ・ウエスタンやジミ・ヘンドリックスの「SHOUTH SATURN DELTA」を思い出させたりもする。「KATSKILLS」(「ニューヨーク州北部にある山岳地帯にちなんで名付けられた」)は、アトモスフェリックなイントロに続いて、野牛が唸るようなベース、フワフワと浮遊するフルート、東洋風のパーカッション、シタールの響き、圧倒的ビート、霊的なメロディが現れ、一種怠惰にアナーキーなスペース・ブルースを生み出している。その旅は「HIGH NOON」へと続き、ここではスティーヴ・ヒレッジがギョワーンと鳴るマカロニ・ウエスタン風ギターを鳴らしながらそぞろ歩きして、月のクレーターにエンリオ・モリコーネを連れて行ったみたいなムード映画音楽の黄塵地帯へと燃え上がらせていく。

次の「SLEEPING TIGER & THE GOD UNKNOWN」のゴージャスなストリングスは優美な「CODES」へと続く。その底知れない地球の核心で脈打つハートビート・ファンクと反響するコードの爆発が、1stアルバムの「SPANISH CASTLES IN SPACE」がジョルジオ・モローダーの『キャット・ピープル』のサウンドトラックに出会ったように聞こえなくもないジャムのムードを作り出している。ユースがキリング・ジョークで最初に見せたファンキーな面を全開にしてノーマン・ウィットフィールドっぽさを加え、見事な芸術品に仕上げている。驚くべき航海はアメリカの小都市にちなんで名付けられたという「ORBISONIA」へと収束していく。最後のサウンドバイトは「次、どうぞ」だ。『ザ・ドリーム』は堂々たる威風という意味でも『アドヴェンチャーズ~』を思い出させるが、決して後戻りでもないし、トリビュートでもないのだ。

アレックス「クラブでラフ・ミックスをかけていたんだけど素晴らしい音なんだよ。最新の音で、オールド・スクールじゃないし——言いたくもないけど、90年代のバンドって感じじゃないんだ。僕たちは1stアルバムの青写真を使って、オーブをもう一度シンプルにさせて、自分たちを作り直したのさ。僕たちは過去の栄光に甘んじているわけでもないし、『アドヴェンチャーズ~』っぽいアルバムを作っているわけでもない。こういう要素こそ、僕たちが聞いているものであり、やってのけられるものであり、価値のあるものなんだ。さまざまな音楽を実験しているんだよ」

オーブは5人組のバンドとしてツアーを回る計画だ。メンバーはアレックス、キーボードとミキシングがティム、ドラマーがデヴィッド・ノック、MCがザ・コープラル、そしてユースがキリング・ジョーク時代以来、初めてドクターと一緒にステージに上がってベースを弾く。オーブがバンドでツアーをするのは1996年以来だ。「心の中では17歳だからね! ロックンロール・ミュージックっていうのは若者のものだと思うんだ。中年になってもまったくのイヤなヤツになることなく、そういう精神をなんとか維持し続けなくちゃならないのさ。それができる情熱を見つけ出して、それを素晴らしいものにするために必要なものを与えてやらなくちゃいけないんだ」(ユース)。

初期のスタジオ活動以降、アレックスとユースはそれぞれの軌道を辿りながら、当然のようにビジネス面の問題やインチキ、個人的な失敗をそれなりに体験してきた。今や旧友二人の道は再び出会い、再び火花が燃えだし、その結果が驚異的なアルバムに実を結んだ。「何もかもがいい教訓になった」とユースは考える。「僕たちは成功とやりすぎという底の浅い世界で生きていた。最大の教訓は、いちばん大きくていちばん厳しい失敗から学ぶものなんだ。今はこれまで以上に必死に働いていて、かつてよりも音楽に打ち込んでいるし、これまで以上にずっと多くのものをもらっている。これは新しい体験だよ。あの当時は僕たちにとって形成期だったんじゃないかな? 僕たちは実験し、違うことをやろうとしていた。おそらく、他の世界がやっと僕たちに追いついたってことだろうね」

そしておそらく、夢は実現するのだ。

——2007年6月、クリス・ニーズ