Phew – New Decade -プレスリリース全文
—July.14.2000 23:42:18
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どれほど長い時間が経とうとも、Phewは、我々を甘やかすつもりはない。「感傷的なものは排除したかった」と語る、約30年ぶりにMuteからリリースされるアルバム『ニュー・ディケイド』は、世界の、自己陶酔する偽物たちへの彼女からの断固たる反撃なのだ。「今の状況を考えると、私はラッキーだったのかもしれません。昨年は特に、生きているだけでもある意味、幸運という状況でしたから。ミュージシャンやアーティストとして、自分の気持ちを率直に語ることができるのは、このような状況下においてはある種の特権であり、それを濫用してはいけないと感じました」
これは、近年のPhewにとっての行動指針となっており、その特徴的なヴォーカルと、熱を帯びたドローン・シンセサイザーや、脆性なドラムマシーンなどを融合させた多数のソロ作品を制作してきた。パンデミックが起こるかなり前から、彼女は自宅で孤立して制作の仕事をすることには慣れており、近隣の住民の迷惑にならないように、声を抑えてもいた。『ニュー・ディケイド』では、ますますその雰囲気が濃くなっており、それは過去18カ月にわたり、ツアー活動を休止していた影響でもあるという。この荒涼とした、憑りつかれたようなアルバムは、ひび割れた、ダブ色の強いエレクトロニクスを背景に、英語と日本語で唱えられる空虚な言葉や、言葉にならない悲鳴やうめき声で構成されている。
「閉所恐怖症のような感覚があると思います」とPhew。「私は基本的には、そのようなタイプの人間ですが、ライヴ演奏や人に会うといった外部刺激を失ったことで、それがより強くなった気がします。」
『ニュー・ディケイド』は、決してパンデミックの中での生活を記録したものではない。歌は感情を排除し、歌詞は意図的にありふれたものになっているが、語られないままになったこと全てが不安感を呼び覚ます。オープニング・トラック「Snow and Pollen」では、最近のPhewの作品に度々登場する、天気の話に触れているが、これは、人が他に何も言うことがない(あるいは言えない)時に拠り所とする話題だ。その一方、音楽は不吉な響きを帯び、漂流するレイヤーと声なき声が砂漠のような空間で木霊し、かろうじて、ベースのステディなパルスに支えられている感じだ。
アルバムの前半を締めくくる「Into The Stream」は、Phewの距離感のあるヴォーカルとペダル・トーンから始まり、徐々にパルスのフィードバックとぎこちないリズムが導入されていく。4分あたりで、ゴーストのようなコーラスがカーテンの向こうから現れ、フィードバックが増幅され、歪んだカーニバルの行列が視界に飛び込んでくるかのようだ。「Into The Stream」は、アルバムの中で最も長く、精巧に細工された曲で、昨年のコンピレーション・アルバム『Vertigo K.O.』を締めくくった、簡潔だが含蓄のある「Hearts And Flowers」の続編のようである。「Into The Stream」は、“ファンタジーや非現実的な世界の継続を表現”しているという。
アルバム後半では、より耳障りな感じの「Feedback Tuning」で、再び現実が侵入してくるが、ここでは長年、Phewの自宅に転がっていた古いエレキギター(“すべての弦が錆びついていた”)が多用されている。彼女が自身のアルバムでこの楽器を使うのは初めてだが、悪びれない初心者のような気迫と好奇心で対峙している。「私は完全な初心者」と彼女は言う。「演奏できないし、楽器をコントロールすることもできない。チューニングの仕方も知りません。実はあえて挑戦しなかったのですが…」。「Into The Stream」では、大々的に手を加えたのに対し、ここでは最初に録音したものに手を入れず、ほぼそのままにしてある。彼女は「混乱した感覚を捉えたかった」と説明している。
クロージング・トラックの「Doing Nothing」では、アルバムの不吉なムードが少し解消されているように感じられる。シンセサイザーが、鳥小屋の中のエキゾティックな鳥の鳴き声のような音を立て、お馴染みの山本精一(ex.ボアダムス)のギターがスペクトルのように打ち寄せてくる。半分ほどいった所でビートが鳴りだし、クラウトロックのようなアンビエントな一面が打ち出されるが、Phewがリスナーの居心地をよくしすぎないように、突然、ノイズを炸裂させ、静寂を乱す。
『ニュー・ディケイド』で聴こえてくる外部からの参加者の声は、山本精一と、いつものコラボレーターである長嶌寛幸のみである。かつては、自分のヴィジョンを実現するために他のミュージシャンの協力を必要としていたPhewだが、現在の彼女の制作の仕方では、ほぼ自給自足で事足りるのだ。それは、1981年にケルンのコニー・プランクのスタジオで、ホルガ―・シューカイとヤキ・リーベツァイトと共に録音した、今年40周年を迎える自身の名を冠したデビュー・アルバムの時とかけ離れている。当時は、日本でファッション・アイコンに仕立て上げられ、アート・パンク・グループ、アーント・サリーで注目されたが、彼女はすぐにその地位を拒絶し、スポットライトから姿を消してしまった。1987年のソロ・アルバム『View』を除き、10年の間のほとんどを目立たないように過ごし、1990年代になって、前よりは協調性のある復帰を果たした。Muteからリリースされた前作のフル・アルバム『Our Likeness』(1992年)は、ヤキ・リーベツァイト、クリスロ・ハース、アレクサンダー・ハッケ、そしてトーマス・シュテルンというヘヴィー級の豪華メンバーで録音されている。
その後の数年間には、パンクのスーパーグループ、MOST(山本精一も参加)のフロントを務めたり、カヴァー・アルバム『Five Finger Discount』(2010年)をジム・オルーク、石橋英子、山本達久を含むバンドと録音したりと、様々なプロジェクトに乗り出した。しかし2011年以降は、ソロ活動に焦点を当て、最新のハードウェアとヴィンテージの機材を組み合わせたセット・アップで制作に励んでいる。日本限定で発表された『New World』(2015年)で最初に聴かれた彼女のキャリアの新しいフェーズでは、音楽から感情を削ぎ落したにもかかわらず、Phewの芸術的なヴォイスが最もピュアな形で抽出されたような表現となっている。
「だからこそ、私はエレクトロニック・ミュージックを創っている有難さを感じます。」と彼女は言う。「歌っているだけだとしたら、どうしても自分の感情を表すことになりますが、シンセサイザーの場合は、本当にロジカルに考えなければなりませんから。私は常に忙しくしているので、そのようなことをする時間はありません!」
とはいえ『ニュー・ディケイド』の洗練された音楽は、彼女が習得してきた技術の完璧さを物語っている。ヘッドフォンで、ブラック・ホールへの片道旅行のサウンドトラックである「Flashforward」の渦巻くようなコズミックな曲を聴くと、彼女のサウンド・デザインの奥深さと共感覚のポテンシャルの高さを理解できる。「私は機材を自分の身体の延長として使うことを習得したのです。以前よりもスムーズに物事を進めることができるし、音の出し方をコントロールできるので、演奏中に予期せぬサプライズが起こることも少なくなりました」
パフォーマンスについて言えば、このアルバムの絶妙なシークエンス(曲順)は、日本及び世界で全く新しい聴衆を獲得した、彼女の長めのライヴ・セットのような、ヒプノティックな効果に心を持っていかれるだろう。「アルバムを、35分の長さの曲に聴こえるように、まとめてみた」ということからも、録音した多くの曲がこのレコードに収められたわけではないことがわかる。「もう1、2枚のアルバムが作れるぐらいの素材が残っています」
そして、タイトルの『ニュー・ディケイド』──これは、かつては希望やダイナミズム(活力)を意味する言葉だったが、2020年代の幕開けに発表された新聞や雑誌の記事の多くは、今後どれだけ状況が悪化するかを予想したものばかりだった。「30年前には、“ニュー”という言葉は、進歩や物事がよくなることの同義語でした」と、80年代のバブル期の日本が熱狂した拡大主義を思い出して、Phewがいう。「今はもう、そんな事は信じていません。」そして、このアルバムを通して、時間の認識についての、緩いコンセプトが流れているのだという。「80年代、そして90年代までは、物事が過去から現在、未来へという流れで進行していましたが、特に21世紀が始まって以来、その流れが変わってしまったと感じます。個人的には、現在から連なる未来というものが、見えなくなってしまいました」
このことは、現在の彼女の作品の、身の置き所の無い性質に反映されている。Phewは、多くのアナログ・シンセのリヴァイヴァリストたちのように意図的にレトロにしているわけでもなく、最新のトレンドに追いつこうと、時間を無駄にしたりもしない。Phewの音楽は、独自の周波数に共鳴する、時を超越した音楽なのだ。
『ニュー・ディケイド』は、イージー・リスニングならぬ“アンイージー”(楽ではない、不安な)・リスニングな作品だが、不快になることとは全く違う。Phewの音楽の感情的な距離感こそが、生き残った者の作品なのであり、厳しい状況を経験しながらも、続けていくことを選択した人間の作品なのだ。
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