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LUH

—March.9.2016 16:33:38

luh pressphoto-01

Profile

◼︎ショート・バイオ
LUH。Lost Under Heavenの頭文字からバンド名が付けられた。(読み方は「ラー」)エラリー・ロバーツ(Ellery Roberts)とエボニー・ホールン(Ebony Hoorn)の二人組。エラリー・ロバーツは、元ウー・ライフのフロント・マン。ウー・ライフ末期の2013年、エラリーは、アムステルダムの名門美術大学ヘリット・リートフェルト・アカデミー出身でマンチェスターを訪れていたエボニーと運命的な出会いをする。その後、アムステルダムで共に生活を始める。2014年より音楽のみならず、アート、写真、フィルムなどの作品を次々と発表、その間発表されたシングル「Unites」はピッチフォークのベスト・ニュー・トラックを獲得。2016年5月6日、デビュー・アルバム『スピリチュアル・ソングス・フォー・ラヴァーズ・トゥ・シング』をリリース。

◼︎プレスリリース訳
そこに恋人たちが存在しうる限りにおいて、その恋人たちはお互いのためにセレナーデを歌い続ける。そして、そこに神々が存在しうる限りにおいて、人間はその神々のためにセレナーデをまた歌うのだ。

そういった意味で、LUHのデビュー作『Spiritual Songs For Lovers To Sing』はよくある類のものであるが、全体として-アルバム、バンド、そしてコンセプト的には-何か全くもって新鮮な作品なのである。

LUHはEllery Roberts と Ebony Hoornからなり、彼らはそのタイトルにある通りの”Lovers”である。Elleryの名前はもしかしたらWU LYF、怒れる若者たちの新しいモデルを描いたアルバム、それはレトリック、イメージ、孤独に満ちた作品をリリースしたマンチェスターの熱い4ピースバンドとして知られているかもしれない。

Ebony と Elleryはそのバンド末期である2013年に出会った。Elleryがツアーから戻った時に(アムステルダムからマンチェスターを訪れていた)Ebonyと地元ミュージシャンが皆ベースとしていた廃墟ビルで出会ったのであった。二人は簡単に挨拶を交わしたのだが、Ebony曰く「僕らは二人とも一匹オオカミ的な存在で、普段そんなに他のみんなといて楽しかったりする事がないんだけど、僕ら二人の場合は何故かお互いとも楽しかったんだよね。」

二人はお互い独自の尊敬すべきフィールドにおいてアーティストである。Ebonyはアムステルダムの有名なRietveld Academyのオーディオヴィジュアル学科の卒業生であり-二人はインターネットを通して急速に親交を深めていき、お互いの夢やインスピレーションを分かち合った。そしてついにElleryは自身の安息の地であるロンドンを離れ、アムステルダムにいるEbonyと生活を始めた。

「一緒に住んだりしながら創作するのは楽しいよ」とEllerny。「基本的に僕らはとっさに湧き出る感情というものを持っていて、それで一緒にやりたかったんだよね、一緒に人生を探求することを。そして僕にとって音楽というものは人生を探求し、記録する直感的な方法の一つなんだ。」

Elleryにとって良い出来事だったのは、彼はバンドのフロントマンとしての知名度にもがいていて、いろいろな考えが彼をバンド離脱への結論へと導いた。「何かリアルや熱意が実際の感情を超えてパフォーマンスになってしまった時、それはただの石鹸売りと何ら変わらなくなってしまうかもしれない。」と彼が語る。「(二人の)関係性は力強い要素だよね、言うまでもなく。十分に血が騒がない限り歌わない。このリアルさが歌に力強さを身につけさせることなんだ。」

このペアの才能がほとばしっている。「僕らは本当にお互いの興味を分かち合ってるんだ、この世界にありとあらゆるものを掘り起こしていく中でね。」とElleryが語る。「Ebonyは真に新しいもの、面白いものを探し出すのが本当驚くぐらい上手いんだ。音楽、映画、カルチャー、彼女はそれらを掘り起こす能力を持っているよ。」

このプロジェクトに関して語りながら、彼らはポストヒューマニストの特異性や資本主義崩壊の話まで語る。彼らが直感的に引き合いに出すのはミュージシャンだけではなくBuckminster Fullerのような思想家、ジオデシックドームの提唱者でありダイマクション地図の発案者にまで及ぶ。「アイデアは今や、かつてよりも一層、含みを持たせるものが強くなってきている。」と語るのはEbony。

LUHの目的と一致するものは、リスナーと結びつくこと、人々を”旅“へと連れ出すことである。「今のカルチャーは人々が様々なアイデンティティやテイスト、ありとあらゆるものを取り入れている、」と語るEllery。「私がこの世界の中でホント感じるのは、私たちは今この瞬間を生きているということで、自分たちこそが大きな存在でその他の人たちはちっぽけな存在。人生で普通に起こっていくことはその境界をなくしていくことで、それだけが人生で起こることなんだ。」

一冊の本もしくは一つの物語がこの二人の心に響いたようだ。それもアルバムの姿形を示すのと同様に自分たちが会ったりともにクリエイトしたりする体験を記しながら:ジョセフ・キャンベルの「千の顔を持つ英雄」、それは人間の興した文化全体を通して、ある種時代を超越した信仰の再来を指し示したもので、いくらか、この物語は私たちの生活それぞれで見つけることができる。「皆全て、人生の中でヒーローになりたいか傍観者で終わるか選べたんだ。」とEllery。「思うにEbonyと会った時が、自分が人生においてやりたいことをやりたいか?と悟った瞬間だったんだ。僕はそれに乗っかってやるしかなかった。」

このヒーロー神話- 逆境を乗り越えた先にある、ひらめきとパワーと勝利-が、このアルバムの物語に息吹を与えた。一つのループを繰り返す曲のサイクルが衝動的な動きを基本とし、悟りといった感覚をそこからかいま見せる。「このアルバムは実に相容れないようで唯物論な的視点、その後$OROという曲に到達するんだけど、それらの視点からできたものなんだ。その後に自己実現に向かって再構築していくんだ、自分の人生や自分のやりたいことにちゃんと責任を持ちながらね。」と説明するEllery。「もしかしたら12時になっても(=かなりの時間を費やしても)あなたはスタート地点からそんなに遠くには行ってないかもしれない。しかしながらその経験は、自分の心の中、もしくは理解の範囲に何かしらの進化を及ぼしているものなんだ。」

そのような感覚の中で、このアルバムの最初と最後の曲、アンセムのような「I&I」とセミアコースティックな「The Great Longing」は対となる曲で、リスナーを最後の曲からまた最初の曲へと導くように配置された。「この最初と最後の曲までのサイクルが、このアルバムを完璧にループさせることになったんだ。」とEllery。「まさに何回も何回も繰り返せる。」前者(I&I)は難解なシンボリズムを示していて「調和という概念が二元論的な発想にとらわれていたんだ。」この偉大なミステリーの力や壮大さは…「全てにおいて象徴的なのは、ある一つの真実を示していること。宗教においては確かな真実を受け入れることをベースに数千年以上もその権威力をシステムとして機能させ続けている、」と説明するEllery。「僕は世界の宗教の授業が意味がないとは思わないけど、その官僚的な組織が人々をコントロールしたり圧力を与えたりしてしまったんだ。」

他にこのアルバムが影響を受けたもの-今回は音楽的なもので-はマーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン」である。「僕は本当にこの曲の考えが大好き、一枚のアルバムの設計図としてね。その言わんとしているのが疑問形ってところが。読み進めていくと出くわすのが、曲の循環という考え方。これがヒーローや様々な駅全て、それにあなたが進んでいく動きの循環(サイクル)というものに全てフィットしていくと思えたんだ。」とEllery。「これがアルバムや作品制作に向けたたたき台になったんだ。—そしてもしあなたたちがアルバムを作るんだったら、最初から最後まで考え抜いて作らなきゃダメで、誰かが流してくれるような曲が集まったからというのじゃなくね。」

上記のこと全てが呼びかけているのは、何か大切で力強いものにまっすぐ踏み出していくような音楽で、Elleryの生々しく特色のある声、それはWU LYF時代の10代の頃からありのまま、それがEbonyのクールな慎み深さと好対照でバランスを取っている。一方、バックトラックに関しては豪華で雄大なものから耳障りなオートチューンに至るまでの幅広いレンジ。後者に関しては破壊的な$OROが最たるもの。「あの曲は影絵みたいなもので、ヒューマニティに対するリスペクト、他者への共感というものを無くし、このバイナリ(二進法的)な、ポストヒューマンな世界の中で生きて行くようなもの。ボーカルにおけるオートチューンはそれを反映させたものなんだ。」とEllery。Ebonyは「特に自発的にこのような形にしたわけじゃなくて、今風のポップミュージックを作ろうって言ったわけじゃなかったの。私たちが反映させているのは、自分らがカルチャーたるものの中で今過ごしているこの時間なのよ。」

二人はこのアルバムをそれぞれアムステルタムとマンチェスターで作り上げ、レコーディングにはAbeltonを使用した。「それでプロデューサーの意見が必要なタイミングになってきたんだ。」とEllery。「何かホント壮大な感じにしたかったんだ。猥雑でローファイな感じじゃなくて。ブロックバスターになるようにしなきゃ、それを実現してくれる人が必要だった。」

英国人作曲家のBobby Krlic-彼の作品はThe Haxan Cloakの名前で知られている-彼が制作で参加、LUHはレコーディングはオセア島で行うことにした。日に二回の交通手段があるだけの寂れた場所である。「とにかく僕らはひっそりとした外部から遮断された場所に行きたかったんだ。」とEllery。「それは5月、日も照って花も咲き終え、僕のユートピアという思いもすぐ満たしてくれた。~みんな(エンジニアのRay Tovey含め)集団生活をし、料理もお互い振る舞い、一緒に(アルバムを)作っていったんだ。僕らは24時間いつでも作業ができ、いつでも曲を作り始められたりもっと磨きをかけたり、新しい生命を吹き込むことができたよ、」

現在まで、このグループのことはBitTorrent経由でリリースした楽曲「Lost Under Heaven」を含む作品しか知られていない。それは彼らの意図するところで、彼ら曰く現代におけるフルクサス・スタイルを反映したものだ。一つのボックスで思考を巡らせる。このアルバム-今春リリース予定-は完璧なものでそのクリエイティヴなシナプスは今も蠢いている。EbonyとElleryの二人は現在これら楽曲のライヴ形態での解釈表現に取り掛かっている。彼らが繰り返すいうところの何か、イマーシヴ・シアターや前衛アート要素と組み合わせようとしているのだ。「現在、最初のLUHの動きは極めて慣習的なもので、—バンドという形態でレーベルから作品をリリースするという- しかしこれは動き出すため、それにそのサポートを進めるための機能として必要だったから。ここ数年でその動きをまだ何か言葉にできないけどもっと展開したものにしていこうと思っている。」と語るEllery。

彼らはLUHを世界レベルのステージに乗せようと前向きで、過去様々な障害をうまく避けながらも自分たちの方向性に自信も持っている。「WU LYFはとても非現実的で大部分において成長できたけど、見てきたことは世界はとても搾取的な方法で機能し回ってるんだっていうことだった。君もそうだと思うけど僕もこのことに関しては身の毛もよだつような思いで、これが僕たちが行っていることなんだ。僕も共犯さ。LUHにとって大きなことはそのことをうまくわかった上で、快適な思いで生きていける方法を見出していこうということ。LUHは僕とEbony、それに僕らと一緒についてくれるみんなと共に十分に物事を知りえていくプロセスに成る。それは物事をそれぞれ革新的に、発展的な方法を行うことによって大きくなり、よりよい豊かな生活を送れるようになるのだ。

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